アンジュルム秋ツアーセットリスト不評問題から考えたこと。


アンジュルム『出すぎた杭は打たれない』(ANGERME[TheNailThatSticksOutTooMuchDoesNotGetHammeredDown])(Promotion Edit)

 

PefumeとBABYMETALという、アイドルという枠を超えて一段高いステージに上がったアーティストへと成長したふたつのユニットに共通しているのは、楽曲の音楽的ジャンル、振り付け、MVやアートワークといったビジュアルに至るまで、一貫したコンセプトを高い質で貫き続けているということでしょう。

なぜ一貫したコンセプトを貫き続けるとそうなれるかは置いておいて、客観的な事実としてそういったことがあるのです。(もちろんアミューズという超大手の事務所だからこそのアドバンテージというのも当然あると思いますが・・・。)

最近ブレイクした欅坂46も「社会や大人へ反発する若者」というコンセプトをデビューから(とりあえず今ままでは)貫いているように見えます。

ハロプロで考えてみても、モーニング娘。が「再ブレイクか?」というところまで勢いづいていた頃は、EDMとフォーメーションダンスというぶれない一貫性がありました。

最近のハロプロ楽曲やユニットを見るときに自分は「一貫したコンセプト、それによるグループごとの独自性がきちんと表現できているか」という視点を持つようになりました。

自分がこぶしファクトリー楽曲が素晴らしいなと思うのは、ロックを中心とした生演奏バンド要素が濃い音楽的な方向性。和な物や日本の伝統的な要素を歌詞や振り付けなどに取り入れる。こぶしを効かせた歌唱法を多用する。というぶれない一貫したコンセプトをデビュー以来保ち続けていることです。そういう流れがあるからこそジャンル的には自分は苦手な部類だったフォークソング風の辛夷の花がすんなり受け入れられたというところはあるんだと思います。(そういうことを抜きにしても伝わる力が辛夷の花にはあります!)

 

さてこのブログの本題であるアンジュルムの場合はどうでしょうか。シングル曲の音楽的なジャンルでいえば、ファンク、メタル、EDMとバラバラですが、「攻撃的で反骨心がある」という雰囲気は大器晩成以降しばらくは一貫して保ち続けていたように思います。そしてそんな攻撃的な雰囲気が、前身であるスマイレージにも今までのハロプロユニットにもないグループの色になりかけていました。

しかしそれがブレつつあるんじゃないかという危惧を自分が抱き始めたのは、糸島Distance、忘れてあげるという、保守的なグループに見られかねない歌謡曲的な楽曲をシングルの表題曲にしたときでした。

二曲とも曲の出来は悪くないのですが、今まで積み重ねて築きあげてきたもの、グループの独自性、個性、「攻撃的なアンジュルム」というイメージを後退させかねないタイプの楽曲だと思ったのです。

そして最新シングルの『愛さえあればなんにもいらない/ナミダイロノケツイ/魔女っ子メグちゃん

この三曲のどれにも「攻撃的なアンジュルム」を見つけ出すことができませんでした。後退してしまったのか・・・。

『愛さえあればなんいもいらない』は全体の音楽的な方向性、アレンジは非常に重厚な物を目指しているのに、歌唱と歌詞が軽い印象が強く、結果的に非常に残念な、中途半端さが目立つ楽曲になってしまっていると思います。

特に歌詞はありがちな深みのないラブソングに聞こえてしまっています。アンジュルムが築いてきたグループの色を考えるとこれは合わない。

メンバーの歌唱については、ディレクションかキーの設定が失敗してるのでしょう。

『ナミダイロノケツイ』も歌詞に込められた意味を考えると、とても感動的な曲なので悪くは言いたくないのですが、80年代、90年代前半のJ-POPを彷彿とされるアレンジがアンジュルムの色にあっていない、保守的に見られかねないような印象にしてしまっていると思います。もっと現在のシーンの真ん中、先端を行くようなアレンジだったら、例えばモーニング娘。のThe Visionのようなアレンジだったら、シングルの表題曲としてありだったかもしれません。

魔女っ子メグちゃん』はイベントとのタイアップ曲なので文句は言いません。「ふたつの胸のふくらみは」という刺激的な歌詞を最年少メンバーが歌うというところがあることで、三曲の中でこの曲が一番攻めた印象になってしまってるのが皮肉に思えます。

このように今「攻撃的なアンジュルム」というムード、グループの独自性は崩壊の危機をむかえている。と言ってみたくなってきているのが個人的現状です。

自分はアンジュルムになってから、大器晩成以降築きあげてきた「攻撃的なアンジュルム」というものを貫いてほしいと思っています。アンジュルムに今までのハロプロにも、アイドルシーンにもいなかったタイプのグループになってほしいのです。

PerfumeやBABYMETAのように一貫したコンセプトを保ち続けて一段高いステージを目指してほしいのです。

 

最近のアンジュルムファンの話題といえば秋のライブツアーのセットリストでしょう。

これが自分が知る限りとても不評です。曲数が少ないのが一番の不評の原因なのでしょうが、それと同じくらいの原因としてスマイレージ時代の曲が少ないというのがありそうです。

最近のアンジュルムのライブのセットリストを語るときにどれだけスマイレージ時代の曲をやったか。が話題に上ることが多いように思います。そしてそれは「スマイレージ時代の曲が多ければ良いセトリ、少なければダメなセトリ」という風潮につながってきているように感じています。

自分もスマイレージの曲はどれも好きですし、やってくれたらうれしいのは間違いないのですが、それと同時にアンジュルムになってから築きあげてきたものを大事にしてほしいとも思うのです。

ライブにおける安易なスマイレージ楽曲の連発はアンジュルムというグループの色、独自性を見えにくくし、壊しかねないと思うのです。

だから前出の風潮に少し違和感を感じてしまいます。

しかしまったくスマイレージ時代の楽曲をやらないというのも無理がありますし、寂しいのでやってもいいと思いますが、どの楽曲をどこに組み込むかは熟慮が必要だと思います。アンジュルムになってからのグループの色を壊さない、整合性がきちんと取れたものを選ばなくてはいけないでしょう。

これから作るであろう新しい楽曲をどのような曲にするか、ライブのセットリストをどするのか、アンジュルムというグループの方向性をどう持っていくのか・・・。すべての面でいまもう一度立ち止まって考えるタイミングにきていると感じます。

ロックインジャパンフェスへの出演、蒼井優の「アンジュルム好き」表明・・・。機運が高まってきている今だからこそ!

アンジュルムが今までにない新しい存在感を身に着けたアイドルになるのか、アイドルという枠をこえた一段高いステージにたつアイドルになるのか、それとも「何でもあり」の今までのハロプロのグループとかわらないグループになってしまうのか・・・。

今その分かれ道にたっているといったら大げさでしょうか。